チャーリー軽木の記録(パンフレットに寄せたコメント)

劇場公演第12弾「先橋さんの脚の間に。」より

空にカモメがおこぼれを狙っている。
早朝から始まった釣り合戦も、終盤を迎えている。
ぺルマン氏もジョーンズ氏も、そしてこの私も成果は未だゼロである。
今日一番大きな獲物を釣り上げた者が、ロザリンと夕食を共にする決まりだというのに。

その気になれば、ぺルマン氏はその辺の棒切れでカジキマグロを吊り上げてしまうほどの釣り名人だし、私にしても、釣りは得意なほうである。
ジョーンズ氏に至っては、泳ぎながら口で魚を捕らえることができる。
どちらかといえばそっちのほうが得意である。
アザラシ以上だ。
しかし、三人とも今日はイワシ一匹釣り上げていない。

「ねえ、まだ?」
キャビンからロザリンが歩いてくる。
昨日バーで見たときと同じように、胸を大きく開けたブラウスを着ている。
すらりと伸びた長い足には愛犬スタリオンがじゃれ付いている。
いや激しく腰を振っている。
この犬は一年中発情しているらしい。
「この子のおかげで、あたしは愛の何たるかを知ったの。」とは夕べのロザリンの言葉だ。
「散歩してると、すぐこの子は腰を振ろうと前足につかまってくるの。でもあたしがジーンズをはいてる時とショートパンツの時とは、爪の立て方が違うの。素足の時にはやさしくするのよ。」
私達三人はこの話に大いに感心したり、興奮したりして、そのまま今日の約束にまで盛り上がってしまったのだ。

「誰が釣り上げるのかしら?」
ねっとりとした視線に、三人は余裕の笑みで答える。
だが、私は静かに釣り糸をたれながら、頼まれていたチャリカルキという劇団の演出について考えている。
キッチンでまな板の上の魚と目が合って以来、さばくときにはタオルで目隠しをする妻のことを考え、そして、釣り糸の先につけた長靴をいつあげれば皆の朗らかな笑いが聞けるかをはかっている。

「あの人、元はバルチャコフって名前のプロレスラーでしたよ。」
閉店後に漏らしたマスターの言葉は、ぺルマン氏とジョーンズ氏にも聞こえていたかもしれない。
だとしたら二人の釣り糸の先にも長靴がぶら下がっているはずだ。
暮れ行く空と凪いだ海に囲まれながら、このガマン大会はいつまで続くのだろう。

洋上にて
チャーリー軽木

劇場公演

Mama-チャリカルキ

Mama-チャリカルキ 番外編

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