チャーリー軽木の記録(パンフレットに寄せたコメント)

劇場公演第8弾「安中さん達の雨宿り。~おどりばハウスにて~」より

番近いのは一番遠いんだ、と彼は言った。
店はもう看板だが、マスターのハッサンは素知らぬ顔でグラスを拭き続けている。
チャリカルキという日本の小さい劇団の稽古を見た帰り、私はカウンターでその男の話を聞いていた。

「男と女がまず知り合うだろ。お互いがよく見える距離に立って相手の全身を見る。どんなやつか見極める為にね。」
なるほど、と私は思う。思い浮かべるのは妻と初めて会ったときの、その妙な服のセンスだ。
「日本の伝統的な職業『ドロボー』のユニフォームよ。」と彼女は言っていた。
頬かむりをし、地下足袋をはき、腹巻きをしていた。
これからはこれが絶対はやると彼女は信じていた。

「それから近付く。ふれあう距離まで近付くと、もっと細かいところが見えてくる。ところが見える範囲はグッと狭くなる。上半身だけとか、顔だけとか。いい所しか見えなくなるんだよ。」
妻のしていた腹巻きには、玩具の包丁が差し込まれていた。
それは何をするためかを聞くと、「オクサーン、ゴムヒモカッテクレヨー」と言って床に刺す為らしい。
押し売りとごっちゃになっていた。

「そしてキスだ。もう目を閉じちゃうから何も見えない。」
目を開けてするときは?と私が言うと、「目尻のしわとか、耳に生えた毛に気付くだけさ。」
妻は、なぜか口のまわりを半径5センチほど真っ黒に塗っていた。
髭のつもりらしいが、黒い円がそのまま私の顔に付いた。

「そして抱き合う。このとき二人の身体は一番近いのに、お互いの顔は見えない。地球一周分離れてしまっている。全てはこの時に終わってるんだよ。後は何もない空間を見続けてるだけだ。」
寂しい話だなと私は思った。彼は五回結婚し、五回とも別れた。
そして、三人の元妻全員から暴力を振るわれたと訴えられている。
数が合わないのは、内二人は一度よりを戻しているからだ。
なぜ彼は、彼女たちは繰り返すのか。
私は酔った頭で、妻と抱き合ったとき、その背中に背負われていた巨大な風呂敷に「I LOVE YOU」と書かれた紙が貼り付けられていたのを思い出していた。

ハッサンの店で
チャーリー軽木

劇場公演

Mama-チャリカルキ

Mama-チャリカルキ 番外編

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