チャーリー軽木の記録(パンフレットに寄せたコメント)

劇場公演第7弾「世界の誰より、私は遅い。~雫石さんの恋~」より

の路地に、彼は居た。
チャリカルキという劇団の稽古も終わり、明日はいよいよ本番という日、
ハッサンの店で飲んだ帰りだった。狭い路地で、ボール蹴りをしている少年が居た。
私は目を疑う。
小さな目、華奢な手足、クシャクシャな赤毛、そして上唇のホクロ…。
そんなはずはない。私の幼なじみであるはずはない。
マイケルは、私と同じ四十に手が届く年齢のはずだ。
しかし彼は同じ利き足の左でボールを蹴っている。
マイケルは私の故国でひげ剃りクリームを売っているはずだ。
だが蹴り損ねて、彼があげた声はあの時と同じ高いしわがれ声だ。
なぜ此処にあの日の彼が居るのか?私は身体の一部が暖かくなるのを感じた。
見ると野良犬が足に小便をしていた。
犬っ!と当たり前のことを言っている内に少年は遠くへ行ってしまった。

慌てて後を追う。馬を真似たあの走り方も同じだ。待ってくれ。
交番の前ではスピードが弱まる。
いたいけな少年の後をつける中年男はどう見ても犯罪だ。
よそ見をして口笛を吹いたら電柱に激突して鼻血が出た。
少年は角を曲がる。待ってくれ。

あの日、サッカー選手になりたいと言った彼の夢を私は笑った。なれるものかと罵倒した。
結果、マイケルは父の職業を継いだ。あの日の過ちを償いたい。待ってくれマイケル。
歌を歌っている。そう、泣きながら、「漕げよマイケル」を歌っている。
あの時も歌いながら彼は帰った。いいんだ。君はサッカー選手になるべきなんだ。
また別の野良犬が、私の足に噛みついた。知らずにしっぽを踏んだらしい。
かまうものか。私は犬を引きずりながらマイケルの後を追う。
歌声がやんだ。あの角だ。曲がった私の前に、小さな店があった。
「マイケル・アンド・マイケルソン髭クリーム」…。

奥から随分丸くなった中年マイケルが出てきて、膝を擦り剥いて泣いている少年を迎え入れていた。
上唇にはもちろん大きなホクロがあった。
マイケルソンって…。何て安易な名前なんだ…。
私は立ちつくしていた。犬はまだくっついていた。

見知らぬ街で
チャーリー軽木

劇場公演

Mama-チャリカルキ

Mama-チャリカルキ 番外編

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