チャーリー軽木の記録(パンフレットに寄せたコメント)

劇場公演第5弾「筒井筒さん、その時 約束を果たす。」より

「ここはどこだ?」
こんな陳腐な台詞、芝居でも今時言わない。しかし私はそうつぶやいた。
瞼が重い。昨晩、ハッサンの店で結構飲んだ。チャリカルキという劇団の稽古を見た後だ。
私は気分が良く、ハッサンも逃げた女房が戻ってきたとかで上機嫌だった。
滅多に見せない「ひげ字」を見せてくれた。
自慢の口ひげに墨を付け、店の壁に大きく「馬鹿丸出し」と書いた。
あの壁はあの後洗ったのだろうか?それよりここはどこだ?

そう言えば隣で友人の登山家、ハリ・サトゥールも飲んでいた。
かなり酔っぱらって、私が時計を進めると「もうこんな時間なのか!」と二度も三度も神に祈りを捧げていた。彼の信じる宗教は一日に五回も祈りの時間がある。
カウンターの隅でチャリカルキの主催の男も酔っぱらっていた。
二十回は同じ映画の話をして、その度に「これは初めて言うんですけど」と言っていた。
そのとなりでチャリカルキの若い男が「馬鹿野郎、馬鹿野郎」と言っていた。
そんなことはどうでもいい。ここはどこなんだ。

かなり歩いた気がする。どこかの廃墟のようだ。
顔を包帯でぐるぐる巻きにした男が倒れている。怪我でもしているのだろうか?
大柄な黒人も倒れている。私は酔った挙げ句に、祖国に帰ってきてしまったのだろうか。
確かにそろそろ帰りたいとは思っていた。あの国の最終の飛行機は何時だったっけ?
私はそれに乗ったのだ。
私の二倍もありそうな東洋人らしい男が長い手足を伸ばして寝ている。
ここは病院なのか。酔いつぶれた私は他の怪我人のように此処にかつぎ込まれたのか。
それにしては荒れ果てている。核戦争でも起きて、臨時の病院にでもなったかのようだ。

私は不安になった。ここが祖国ならば帰らなくては。妻が待っている。帰らなくては。
私は黒人に此処の正確な場所を聞こうと揺すった。手に墨が付いた。慌てて外に飛び出た。
遠くでテレビが歌っていた。
「お昼や~すみはウキウキウォッチング、あっちこっちそっちこっち…」
また中に戻った。よく見ると包帯ではなくてゆるんだターバンだ。
毛布を取ると、東洋人は縦一列に二人で一枚の毛布に寝ていた。
「これは初めて言うんですけど…」と寝言を言っていた。
一気に脱力した。ふと見ると、目の前の壁に汚い字で「馬鹿丸出し」と書いてあった。

荒れ果てたハッサンの店で
チャーリー軽木

劇場公演

Mama-チャリカルキ

Mama-チャリカルキ 番外編

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