チャーリー軽木の記録(パンフレットに寄せたコメント)

劇場公演第10弾「江田鳴さんの蛇。」より

朝まったく同じタイミングである。
ペトラ夫人がゴミを出そうとして、角を曲がってきたミリガン氏とぶつかりそうになっている。
夫人はこの界隈ではゴミ出しが一番遅い。いつも旦那が半泣きで頼んでからでないと動かない。
今朝も同じ時間にペトラ氏の「愛しているよぉー、だから頼むよぉー」の声が聞こえてから、十分後に彼女は出てきた。

一方ミリガン氏はこの辺りで一番の早起きだ。夜明けの二時間前には起きている。
そして公園をジョギングして戻ってくるのだそうだ(あまりに早いので、出発する所は見た事はないが)。
しかし、その走る速度は何よりも遅い。休んでいるのと紙一重だ。
そして、帰り道に夫人と鉢合わせになる。これも決まった時間だ。
その後も毎朝同じ展開で、ペトラ夫人が気まずそうに天気の話をしている。
ミリガン氏がふんふん言いながら実はまったく聞こえておらず、夫人の巨大な尻に目を奪われている。

その横をファルゼン君が駆け抜ける。今日も学校に遅れそうである。
靴紐をきちんと結んでいないのでボーディーさんちの前で靴が脱げる。
途端に五匹のブルドックが中から吼えかかる。
ボーディーさん自慢の愛犬が吼えると向かいの公園から鳥が驚いて飛び立つ。
郵便配達のテビオが首をすくめて通り過ぎる。今日も糞攻撃は避けられた様だ。
ロップマンさんとグリムさんが私とすれ違い、シャーリーとマリエルがファルゼンの脱げた靴を持って追い越して行く。
今ごろ鳴き出すヨーン氏の鶏。垣根に咲いた秋のバラ二、三輪。
太陽は丘の上に上り、通りの全てを照らす。
坂の上につくと、やはりすでに人影はなく、駅前のベンチにビーンズ氏が居眠りをしている。

何度となく繰り返して来た、同じような朝。しかし私は、そこで右に曲がらない。
あの白壁の古風な病院には行かない。
そこに居たダン叔父さんは、今長い苦しみから解かれ、教会の裏で静かに眠っている。
私は駅に向かい、列車に乗る。東洋の小さな劇団の演出をしに行くのだ。
この毎朝の風景の、私が居た場所にかつて叔父はいたのだろう。
夫人達に挨拶をし、子供に靴が脱げたぞと声をかけ、職場でもあった病院に向かったのだろう。
誰もが疑わない、確実な朝の風景がそこにあったのだろう。
こんな空気がある事を、あの劇団員達に伝えられないだろうか?
何かに引き止められるような気持ちのまま、私は改札を過ぎた。
後ろで大きなあくびが聞こえた。

東部の田舎にて
チャーリー軽木

劇場公演

Mama-チャリカルキ

Mama-チャリカルキ 番外編

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