チャーリー軽木の記録(パンフレットに寄せたコメント)

劇場公演第4弾「最後は沈丁花さんの歌。」より

「メザシはいるのか?」乾いた声がした。
チャリカルキと言う劇団の稽古を見た後、私はいつものようにハッサンの店に行った。
そのカウンターで、ずいぶん前から話し込んでいるらしい一組の男女が居る。
その男の方が発した言葉だった。女の方はカウンターに置いた自分の指先を見ている。
若いのに、二人とも疲れた顔をしている。別れ話だろうか?
しかし、別れ話にしては「メザシはいるのか?」とは。
同棲していて、それを解消するので、部屋の中の物を分けているのだろうか。
よほどメザシは重要な、思い出の品なのか。と考えていると、女が言った。
「黒ひげはもういいよ。」
何だそれは。つながっていない。会話になってないだろう。
相手がメザシのことを言ってるのに、黒ひげ?しかし、男の方はその一言がこたえたようだ。
咲き終わった朝顔のようにうなだれてしまった。え、これ噛み合ってるのか?
思わずマスターのハッサンを見ると、「私もそう思いますがね、何しろそんな会話をもう小一時間もしてるんでさ。」
という顔をしていた。この男の表情はとても多弁だ。

「どうせバケツなんだろ」と男が言う。またも意味不明だ。
しかし、キッと顔を上げ、相手を見据えた男はどうやら反撃に出たらしい。
「モグラじゃないっ」女の方もやる気らしい。
「マジックが何だよ」「傘もさせないで何よ」「ポンプなんだよ」「電信柱!」「フライパンのくせに」「放送局!」「エレベーター!」「碁会所!」
全然意味は分からないが、ののしりあっているようだ。
止めた方がいいんじゃないか、とハッサンに言おうとした時、男がカウンターの上にカチャリと何か置いた。可愛らしい小さな縫いぐるみが付いた鍵束だ。
「オコジョだろ。俺達は、オコジョだろ。」
声が震えている。女は黙っていた。クシャクシャになりそうな顔を、必死にこらえていた。

それから二人は何も言わず、しばらくして勘定を払って出ていった。
お揃いの靴を履いていた。
店のドアについている小さな窓から、二人が並んで帰っていくのが見えた。
私は思い出した。二年前にも、あの二人はこの店にいた。
その時は、普通の初々しいカップルの会話をしていた。
この二年間に彼らは、自分達だけの言葉を作り上げたらしい。
彼らが積み上げた暮らしのことを思いながら振り返ると、ハッサンはグラスを拭いていた。
その顔は、何も言っていなかった。

ハッサンの店にて
チャーリー軽木

劇場公演

Mama-チャリカルキ

Mama-チャリカルキ 番外編

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